渋谷川李白で新年会

この日ようやく受験勉強のスタートを切れて気持ち良く飲みに出かける。椿峰の部屋を出て電車を乗り継いで渋谷駅へ。時間があるので宮益坂をのぼり古本屋に。さらに二丁目のコーヒー店で時間をつぶす。昔このあたりにあったニュージーランドワインの店はもう無かった。渋谷川のほとりのいつもの酒場が一夜限りの小料理屋となる。「暦を喰らう宴」と称して突き出しにはまず、1日遅れの七草入り蕪のポタージュ、蛍イカを背負った兎。素敵な料理がカウンターに並ぶ。

近所に住む、私のビジネスの師匠の米国人とファッションモデル出身の美大講師のご夫妻は遅れてきて、ひと月前に講義で使う映像を編集した番組プロデューサーの女性もあとににやってくる。初めにいたのは、元の職場で今も働く入社同期の内装デザイナーと、入社案内に出ていてそのころから年齢不詳だった今は派遣社員の女性に、その年下の友達というきれいな日本語をしゃべる韓国人女性。色々な年恰好、色々な仕事の人たちとの、色々な会話を楽しんだ。

店主が、賀状に記した李白の詩「把酒問月」を示す。月の兎は仙薬をずっと搗き続けていて、となりの美女は誰と一緒に酒を飲んでいるのだろう。人は昔の月を見ることができないが、月は古の人々も照らしていた。店主の代わりに料理をつくったのは酒場飲食研究家の男性である。常連の男性客がつぎつぎと李白の将に進む酒を皮切りに飲み始める。俳優のおじさんはさっと飲んで一人で出ていき、服飾デザイナーはバイトの女の子と川向こうの飲み屋に河岸をかえた。

テーブルを囲んで三十路を歩き始めたばかりの着飾った男女が十名ほどいて楽しそうにしている。会話も表情も若いというよりも子供である。子供だという風に感じるような歳に私がなった。同期の彼も独身だが今は梶ヶ谷に住んでいるという。都会は騒がしいのだそうだ。やはり木々に囲まれている丘のあたり。そういえば大学も八王子の鑓水だった。ケータイの検索で最終電車を調べ同じルートで椿峰に戻る。転送された賀状の差出人が千駄木の椿マンションに住むと知る。