『東京の昔』ちくま学芸文庫版

少し前にネットで吉田健一を検索してアマゾンに新版がでたことを見つけて、渋谷の李白のカウンターで常連の出版部長に話したら知っていて、中公文庫は文字が小さいからそろそろつらいとと言われた。立春のきょう商工会連合会に行く用事があったので、立川北でモノレールを降りオリオン書房のノルテ店で手に取ってみた。島内裕子さんの解説がとても良くて見入ってしまった。

「季節となって移ろう時間の流れに、呼吸を合わせて生きること。人生の楽しみと喜びは、閑居と交遊にあること。『東京の昔』は、そのことをわたしたちに教えてくれる。」

西立川の連合会のあとで時間があったので、中神で降りて駅前の本屋さんに立ち寄る。夏の研修の参加生がやっているところだが、あいにく彼は出ていてお母さんがレジに立っていた。小さいけどよく編集された棚に2冊面出しで置いてあったので迷わず買った。近くに同文庫の「徒然草」があって校訂・訳がその島内さんであった。東大国文出身の兼好の研究者らしい。

昭島市の商工会にも寄って、モリタウンの一角にあるセルフ式コーヒー店で、解説をさらに本文とともに読む。中公文庫で初めて読んだのはまだ30歳になってなかったと思う。今もその頃つきあっていた女の子からもらった緑色の皮のブックカバーにおさまっている。お酒の味がようやくわかりはじめたくらいの子供の頃である。先の解説は続いて次のように締めくくられている。

「「これは本郷信楽町に住んでいた頃の話である」という書き出しは何気ないが、いまだにこの地名を、古い地図からも見つけられずにいる。けれどもこの本を開くなら、確かに、本郷信楽町も、勘さんも古木君も、そしておしま婆さんも川本さんも、実在する。」

吉田健一の評釈として、実に見事な文章である。 そうだ。 実在する、のだ。