丸谷才一 52歳

 ところが、文学的には荷風の門弟子でありながら、対社会の関係において師とまつたく異る詩人がゐる。堀内大学である。そして彼は、訳詩集ではあるにせよ、第一流の詞華集『月下の一群』を編んだ。『月下の一群』の読まれ方、その与へた影響の大きさと深さは、まだよく判つてゐないにしても、詞華集の貧しい現代日本においてこの本が例外的な成功を収めたことは論をまたない。それは最初、ごく狭い範囲の文学好きの所有物だつたが、やがて数十年のうちに(それこそは詞華集といふものだが)大衆に滲透し、社会全体の感受性を変へたのである。この本がなければ、日本人全体にとつての西欧の詩は相変らず上田敏のふしまわしであつたらう。堀口は『月下の一群』によって、この文明における詩の意識を改めた。それを一新したとは言わないまでも、まつたく自由にしたことはたしかだらう。…

「日本文学早わかり」講談社文庫昭和59年初版(初出 昭和51年11月「群像」)から