歌会始の儀:天皇陛下 津波での大きな被害の印象詠む
新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿であった。今年の題は「岸」。天皇、皇后両陛下や皇族方に加え、入選者10人と召人(めしうど)で詩人・小説家の堤清二さん(84)、それに選者の歌が伝統にのっとった発音と節回しで披露された。選考の対象となったのは1万8830首、うち海外は21カ国・地域からで158首だった。
天皇陛下は東日本大震災の被災地、岩手県を見舞うためにヘリコプターに乗った際、上空から津波で大きな被害を受けた地域を見た印象を詠んだ。皇后さまは津波で行方不明になった人々や、戦後の外地からの引き揚げ者、シベリア抑留者などを待つ家族らの姿を「岸」に重ねて詠んだ。【真鍋光之、川崎桂吾】
津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる
皇后さま
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず
皇太子さま
朝まだき十和田湖岸におりたてばはるかに黒き八甲田見ゆ
皇太子妃雅子さま
春あさき林あゆめば仁田沼の岸辺に群れてみづばせう咲く
秋篠宮さま
湧水(ゆうすい)の戻りし川の岸辺より魚影(ぎよえい)を見つつ人ら嬉しむ
難(かた)き日々の思ひわかちて沿岸と内陸の人らたづさへ生くる
人々の想ひ託されし遷宮の大木(たいぼく)岸にたどり着きけり
常陸宮さま
海草(うみくさ)は岸によせくる波にゆらぎ浮きては沈み流れ行くなり
常陸宮妃華子さま
被災地の復興ねがひ東北の岸べに花火はじまらむとす
三笠宮妃百合子さま
今宵(こよひ)揚(あ)ぐる花火の仕度(したく)始まりぬ九頭竜川の岸の川原に
彬子さま(寛仁親王家の長女)
大文字の頂に立ちて見る炎みたま送りの岸となりしか
高円宮妃久子さま
承子さま(高円宮家の長女)
紅葉の美(は)しき赤坂の菖蒲池岸辺に輝く翡翠(かはせみ)の青
典子さま(高円宮家の次女)
対岸の山肌覆ふもみぢ葉は水面の色をあかく染めたり
絢子さま(高円宮家の三女)
海原をすすむ和船の遠き影岸に座りてしばし眺むる
◇入選者の歌(年齢順)
茨城県 寺門龍一さん(81)
いわきより北へと向かふ日を待ちて常磐線は海岸を行く
埼玉県 佐藤洋子さん(77)
対岸の街の明かりのほの見えて隠岐の入り江の静かなる夜
奈良県 山崎孝次郎さん(72)
相馬市の海岸近くの避難所に吾子ゐるを知り三日眠れず
長野県 小林勝人さん(71)
ほのぼのと河岸段丘に朝日さしメガソーラーはかがやき始む
大阪府 山地あい子さん(70)
しほとんぼ追うて岸辺をかける子らつういつういと空はさびしい
千葉県 宮野俊洋さん(67)
春浅き海岸に咲く菜の花を介護のバスが一回りせり
子らは浴み岸辺に牛が草を食(は)むこぞの我らが地雷処理跡
京都府 大石悦子さん(57)
とび石の亀の甲羅を踏みわたる対岸にながく夫を待たせて
福島県 沢辺裕栄子さん(39)
巻き戻すことのできない現実がずつしり重き海岸通り
大阪府 伊藤可奈さん(17)
岸辺から手を振る君に振りかへすけれど夕日で君がみえない
◇召人の歌
堤清二さん
雲浮ぶ波音高き岸の辺に菫咲くなり春を迎へて
◇選者の歌
岡井隆さん
いのちありてふたたびドナウ源流の岸べをゆきし旅をしぞ思ふ
篠弘さん
かはらざりし北上川に花びらが岸のほとりの早瀬を走る
三枝昂之さん
なほ朽ちぬこころざしありふるさとの岸辺に灯る甲州百目
永田和宏さん
舫ひ解けて静かに岸を離れゆく舟あり人に恋ひつつあれば
内藤明さん
源は雲立てる山ゆつくりと流るる川の岸辺をあゆむ
◇佳作者(年齢順、敬称略)
無職・和田幸一(83)=大阪府大東市▽元海上自衛官・井元静夫(81)=長崎県佐世保市▽元中学校長・斉藤定(79)=山口県萩市▽無職・石田基慶(78)=兵庫県たつの市▽無職・福富久枝(78)=徳島市▽無職・桐畑福美(77)=滋賀県長浜市▽無職・宮宇地孝夫(75)=兵庫県芦屋市▽主婦・小林絢子(75)=秋田県能代市▽主婦・中根圭美(74)=千葉県佐倉市▽元通産省地質調査所主任研究官・吉井守正(74)=東京都杉並区▽畳職・宮沢房良(68)=新潟県津南町▽会社経営・藤原建一(67)=盛岡市▽農業・青野清一(63)=茨城県河内町▽主婦・平林宏子(58)=神戸市▽主婦・木内照代(56)=徳島県阿南市▽図書館司書・榎本麻央(43)=茨城県鹿嶋市▽専門学校生・小谷隆(28)=兵庫県朝来市▽大学3年・谷川紅緒(20)=東京都台東区▽中学2年・田中順子(14)=福岡県久留米市