三枝博音の文学論

「技術の哲学」や「三浦梅園の哲学」などの著者であり「日本哲学全書」の刊行や鎌倉アカデミアの創立にも携わった三枝のまとまった文学論。哲学という言葉もそうだが文学というのも日本の詩文和歌の歴史からしてみればどうにもおさまりの悪い概念である。それでもともかく三枝は日本の文学に目を向ける。芭蕉にあっては「風羅坊」を指摘して、西洋の「考える葦」との決定的な違い、つまり、それが「物」であることを強調する。「物」が日本人の思想文化史で貴重であるという、彼は元唯物論者なのだ。そのほかにも「道」のもつ一般性をギリシャ彫刻の特殊性と比較して語ったり、「伊万里の重い皿の上には軽やかな箸がおかれる」と、ヨウロッパの数学的知性をうむ斉一性の意識との違いが言われる。森鴎外論も「重さと広がり」という哲学の概念を意識して用いている。なかなか刺激的である。第一書房の「増補改訂 日本の思想文化」と同年の刊行。