欧の精神、日本の心

第二次世界大戦が終わった頃まで、西洋か東洋かという議論やヨーロッパの精神に比して日本の心の本質は何かという探究が、志ある日本の広い意味での文学者たちにはあったような気がする。気を付けなければいけないのが西洋か東洋かといったときにごく自然にキリスト教と仏教を代表させてしまうこと。儒学道教それから神道などもある。では、宗教的というのでなくスピリチュアルといって良いのか。物質的に対して精神的。ところがこの対比にも注意。連歌の概念である有心つまり心無いの反対が果たしてスピリチュアルなものか。日本の心は真実でも永遠性でも絶対的でもない。むしろ現実で具体性で身体的なことを指す。無心にあたるのは物質的というより打算的。専らハートがない、アタマで対処することをいう。乾いた精神に対して湿いある心。