三吟歌仙「梅雨寒の巻」

 …三吟の連衆(れんじゆ)にどなたとどなたをお願いしようかと考えるのは心がおどったが、私などあまり楽しくもない女と、役にも立たないような遊びに興じてくださる酔狂な方々はどこにいられるのか。
 清水哲夫さんに声をかけた。この浮ついていない人生洞察詩の作者は、学生時代にすでに詩集よりも先に句集の出版を考えたという人である。…
 …三木卓さんが俳句を作るとは、じつは聞いたことがなかったのだが、むかし詩人だったよしみで、つきあってくれそうな気がした。むかし詩誌「ユリイカ」編集部に私は二カ月ほど在籍していたことがあるが、そのとき三木さんに詩を依頼したところ、「詩を書いてくれって言われると、むかしの恋人から電話がかかってきたような気がしますね」と嬉しがらせてくれたが、結局空しかった。今度はどうか。…
 …三木さん、清水さん、私にじつは共通の経歴が一つある。昭和四十三年当時、河出書房新社社員として過ごした経歴が数ヵ月だけ重なるのである。私は大学卒業と同時に同社に入社した百余名のうちの一人で、哀れにも二ヵ月目には第二次倒産が待っていたのである。三階の編集室で談笑中の、そのころはまだ作家でもなくて詩人・編集者だった三木さんの姿や、労働組合書記長の清水さんが「出版社の社員らしいスマートなストライキをしましょう」と緊迫した朝の集会で呼びかけた声などを記憶にのこしている。…

高橋順子「連句の楽しみ」(1997年 新潮選書)第5章 現代の連句