大岡昇平56歳

 この人物が直ちに怨霊として土俗信仰と結びついたのは、多くの英雄と共通している。アキレウスもまたその廟を持っていた(ついでにいえば、将軍塚と同じく、その肢体の一部しか葬られていないこと、あるいは全く埋葬の主体を欠くのも、多くの英雄の廟に共通した特色である)。ただ「イリアス」のような整った文学的外被を持つか持たないかが、叙事詩的英雄になるかならないかの境目だった。 
 平将門不定型な漢文でしか伝えられなかったので、その英雄像も明確でない。ただこの悪文を書いた東国の僧侶は、一種の現実感覚を持っていたらしい。将門が力を尽くして戦わなければならなかった外的条件は、奇妙な生々しさをもって、われわれに迫る。英雄に対立するものが、行間に窺われるので、その像もおのずから明らかなのである。
(昭和40年『将門記』より)